コクヨ品川オフィスのTHE CAMPUSで開催中の「好奇心あふれる展」の一環であるトークショー「インハウスと個人を往来することで見える、社外デザイン活動の意義と現実」に行ってきた。プロダクトデザインを仕事にしているわけではないけれども、インハウスデザイナーという立場は同じなので何か気づきが得られそうだと思って。簡単にメモと感想。
- エンジニアリングとブリコラージュのバランスを大事に、どちらもあってこそ創造性が生まれる
- (社内で本業として)内でつくる→思考回数は増える
- わかる
- 時間というリミットもあり、明確になっていない状態からでも「課題」がある前提であるため、フル回転で解決のアプローチとして色々試行錯誤できる
- (自由研究的に)外でつくる→本業で出たアイデア使ってみる
- 内外分けて考えない、アイデアがシームレスにつながることが両輪やる意義、ライフワークになる
- 琴線に触れることが似ているが、一人一人視点が違って、話しながら、異なる視点を取り入れながらつくることができるのがチームでやる面白さ
- わかる、いいね
- そういう集団が社内にいることが採用に効いてくる側面もある
- ただ、それがやりたくて入るのは違うかもと言っていた
- 受け入れる土壌に共感する人が集まってくるというのは良い
- ものの評価は届くまでわからない、すぐにはわからない、いかにいい答えを出すかを考え続けて、自分が納得できるアウトプットにする
- 大事な姿勢だと思う
- AIがつくるものについて
- ブリコラージュ的な出発点はない、最短ルートで完成させようとする
- 人の手で作り出すことの必要性・重要性は、試作を作る過程で何案にも派生することができる、グラデーションを見ることができること
- 本業と自由研究どっちもちゃんとやるには?
- 結局200%でやるしかないといってた
- やっぱガッツが大事か
自社に関しては、会社の看板も背負いつつ集団で社外活動をするフェーズではない(そんなことよりやることあるよね?と思われる)、UIのプロダクトデザインは直接的に顧客への価値提供や会社としての利益に影響があるけれども、グラフィックメインのコミュニケーションデザインは、拡大期においては組織開発に効く社内広報の側面が強い。意味のある(というか、強く意味を求められる、かな)会社の仕事だけではなく、社外活動としてやるのではなくて、日々自分の興味関心を突き詰めて手を動かしてなんかやってみるのはやはりやるべきだと思う。やるべき、というか、当たり前になっていたい。もうやってるといえばやってる部分は、リソグラフとかペンプロッターとか3Dプリンタとか、あるけども、足りてないかなぁ。土を触りながら家に手を加えて育てながら、意味とか求めない心地よさだけの表現は、いろんな手段でやろう。平面立体問わず。結局あらゆる経験や経験を元にして作られる思想や信条が循環して、自分らしい表現になっていくと思う。
「世の中に何が必要か、作らないべきか」に向き合うことの話で、プロパガンダ・グラフ誌「FRONT」1 のことを思い出した。 シンプルで力強いグラフィックと、ダイナミックで印象的な写真。革新的で洒落ている。憧れを植え付けるような。当時の一流が集まってこういう物がつくられていた過去がある。技術とか美意識を、何のためにどう使うのかは、自分の倫理観に照らし合わせて考え続けないといけない。